契約離婚から円満離婚へ

契約離婚を経て、円満離婚、、成立しました。

離婚協議

翌朝、私は仕事へ行く前に整形外科へ寄った。ケガ自体はひどくなく、1週間もすれば痛みは引くだろうと思われたが、診断書をもらっておきたかった。夫にもその旨を伝えた。将来、調停などになった時のために文書で残しておきたいからだと。「臀部打撲、頸椎捻挫」の診断書をもらえた。

とはいえ、この時はまだ離婚をする決心はついていなかった。夫が土下座でもして、簡単に離婚を持ち出さない、暴力を振るわないと誓約書でも書けば許せたと思う。でも、それを私から要求するのは違う気がした。夫が自発的にすべきだ、そうして欲しいと思っていた。そうしてもらうために強固な態度を取り続け、離婚の条件について話し合おうと持ちかけた。私の一番の関心事は養育費で、万が一の場合強制執行できるよう離婚協議書を作成し公正証書にしておくということだった。夫は不貞腐れたように話し合いの席に着き、互いに意地を張るように離婚条件について話し合った。

私が見誤っていたのは夫の年収だった。3月に養育費算定表を確認したとき、6~8万円の範囲だろうと見積もり、月8万円を要求していた。ところが夫の年収では、4~6万円の範囲だった。しかも貯蓄は何もないとのことだった。家計を全く見ていなかったこと、財布を完全に分けていたことのツケだと思った。

子どものことを思うなら、4~6万円とあれば6万を払うべきだろうと思っていた。算定表に関係なく8万ぐらい払ってもいいのではないかとも思っていた。なのに夫は下限の4万と言ってきた。さらに算定表をあれこれと分析し、月々の支払いは子ども1人あたり年収の0.5%相当だとはじき出した。

そして月々の養育費を固定額ではなく、パーセント表示で記載したいと言ってきた。それだけでなく、自分の収入が減れば養育費の支払額も減額することになる、無職になれば支払額もゼロになると言った。さらに今の仕事は辞めることになるだろう、モチベーションはとうの昔に失った、家族を養うために続けていた、家族を失うのであればこの仕事を続ける理由はないなどうだうだと続けた。